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| ■ダイジェスト・ビデオ/WindowsMedia形式・1分6秒 |
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| ■先代社長が開発を始めた理由 |
先代社長(父・谷口俊夫)に「人と違ったものを作ってみたい」という気持ちがあったのだと思います。昭和40年代にはブタンガスを使ったガス窯を使っていました。ブタンガスで特殊な焼き方をすると炭素がやきものと反応して変わった釉調になることに気づいていました。ですが、そのような焼き方をすると危険な面があったのです。それならば同じような効果を薪を使って自分の求める作風として実現できないかと考えました。薪を投入できるガス窯は世の中に無かったので「安全で良いものが焼けるガス窯を作ってみよう」という想いで始めたのがキッカケです。
その結果、面白いものが焼けるので人のうわさを呼び、一台また一台と売れるようになり今では数百台の実績を積むに至っています。
財産は残してくれませんでしたが、仕事と技術、考え方は充分残していってくれました。 |
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| ■先代社長のエピソード |
父はやきものでは苦労人だったと思います。そうした苦労を20年以上続けたのもかかわらず、窯つくりをするようになりました。益子の製陶所で効率の良くない作業をしていたりすると、自分の経験に基づいてアドバイスをしていました。すると当然効率良く作品が出来上がるので、いつしか「大築窯炉の窯を買うと仕事が忙しくなる」という噂がたつほどになりました。
自分の技術や経験は人に教えたがらないものですが、父は自分が苦労したことを隠さずに、解決法をどんどん人に教えていった人でした。夜遅くまで陶芸家さんと話し込んでいた光景を覚えています。 |
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| ■炉内の温度の平均化させたのは |
父も陶芸家として窯には苦労させられたのです。教えてくれる人など誰もいません。
高度成長期だったこともあり、本当に沢山の注文が舞い込んできました。ですから、窯の中には同じもので埋め尽くされることもあります。そこで窯の中に温度差が生じてしまうと場合によっては数百個が製品として納まらないこともあります。こうなると経営にも生活にも影響します。貴重な原材料ももったいないことになります。
そこで自分で窯を作るのだったら温度差の少ない、焼成雰囲気も簡単に作れる窯にしたいと思いました。
具体的には、床面積が同じだったら窯の高さをおさえて(低くして)体積を減らし、火の回りを良くすることで本当に良く焼ける部分だけを炉内として設計することで解決したのです。
つまり、他社の窯と比べてレンガで2〜3段分低く設計されています。
また、見えない煙道部分にもふんだんにレンガを使い、独自の「下がり壁」構造で窯の前後の温度差を解消しました。
こうすると窯本体の大きさの割には、炉内の体積は小さいということになります。
これによって陶芸家は窯焚きのとき、自分の作品が良く焼けることだけを考えて操作をすれば良いわけで、温度差や灯油窯のように煙が出ることなど気にしながら窯焚きをしなくても良い、ということになりました。
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| ■業界をリードする企画マンとしての遺伝子 |
ここ3、4年は毎年ひとつずつ特許を出しているんです。普段から、窯や焼物の新たなアイデアを考えています。例えば、「これとこれを結びつけたら面白いかも」、「試しにこれをやってみよう」などと良い意味で妄想を膨らませていますね。
「窯ナビ」を考えたときも、カーナビが欲しいときだったんですね。「ナビゲーションしてくれる焼物のソフトがあったらいいな」と冗談で思って、妄想を膨らましてやってみたんですね。
だいたい自分が思ったことの10分の1ぐらいしか実現できていませんが、これから色々な機械がそろってくれば実現できると思います。
毎日同じことをしているんだったら、少しは変化しないといけませんね。向上心がないとダメだと思うんです。思いついたら素直に考えることで企画が生きてくる。困っている人がいたら、それを解決する方法はないだろうかと考えていくとアイデアは出てきますね。
父からもよく「お前、何かいいアイデアないか」と聞かれて、「そんなのないよ」と答えて、よく喧嘩していましたが、今になって、その言葉が思い出されますね。テレビを見ていても、面白いなと思ったことを真剣に考えて自分のビジネスに生かしたいですね。
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2006年2月10日・谷口浩司 談 |